モノローグ

映画、本、アニメの感想。 その他、仕事、人生、家族についての独り言。

2017年03月

webに公開していて何だか、実はあまり目立ちたくないという思いもある。
何となく独り言を、ただ言い放って終わりにしたいと。 

そんな訳で「モノローグ」というありきたりな、あまり目立たないブログタイトルを付けた。
このワード自体、日常生活ではそんなに使うことがないと思っていた。

しかし、先日、こんな記事が出ていた。

プロの漫画家が直伝!! トークを盛り上げる「モノローグ」LINEスタンプの使い方

LINEスタンプで、「モノローグ」調のセリフが用意されている。

どれも、どこか映画や漫画で見たことがある定番フレーズになっていて、
無駄にシリアスなところが面白い。

気になる方はぜひチェックしてもらいたい。


もっとうまく、このスタンプの魅力を伝えられると思ったのだが・・・。

あまりうまく書くことができず、文章の量を増やそうとすると、増々内容がなくなっていく。

そして、思った。

「直感が告げている。これ以上は危険だと」

ブログアフィリの作業に取り組みたいと思いつつ、他の事に目移りしてしまって、一向に作業が進んでいない。

先週は無料faucetやポイントサイトなど、PTCサイトの自動化に取り組んでみたが、あまり成果は出なかった。

・トラフィックエクスチェンジのマクロを使った自動クリック
・ビットコインの無料faucetの自動クリック、jsを利用したマクロやボット利用
・カジノゲームのオートラン。マーチンゲール手法のシミュレーション

など。それぞれは個別のブログで記事にする。


ブログの更新もそうだが、IT業界で10年近く働いて来たが、web関連の技術や知識について、自分が相当に無知だと自覚する。新卒でSEになったが、プログラミングをやったのは、最初の3ヵ月間の新人研修のときだけだった。その後は、ドキュメンテーションやマネジメント、保守開発プロジェクトで既存のソースを数行直す程度の作業が続いた。その後、転職し、ITコンサルとしてオフショア開発のディレクションやパッケージソフトの導入支援を行ったが、やはりHTMLやCSS、JavaScriptなどをガリガリコーディングするような仕事ではなく、工程管理、テスト品質管理、納期や見積もり、人員管理、外注管理などが主体の仕事だった。そんな訳で、IT系と言っても、サーバーを弄ることもできなければ、ネットーワークを組むこともできない。web系のプログラミングもできず、javaやcでの商用アプリケーション開発もしたことがない。プログラミングそのものは、高校と大学で多少やったので、basic、c、fortranは使ったことがある。アルゴリズムも一通り学んだ。しかし、それ以外は座学での経験しかない。スキル証明がほしく、応用情報処理の資格を取ったが、その資格を持っていても、各技術についてどんなものかという概要や基礎的な仕組みを理解しているだけで、実際に何かタスクをこなせる訳ではない。

そんなサラリーマン時代のコンプレックスを思い出した。アフィリエイトについて勉強していると、webやネットワークに関することは当たり前のことのように出てくる。サイト構築、Photoshopを使ったwebデザインなど、素人でも趣味程度に普通にやっていることに驚いた。

余談になるが、アフィリエイト教材アンリミテッドでは、ブラインドタッチから説明されていた。著者いわく、アフィリエイトを始めたばかり頃はパソコンの電源の切り方すら知らなかったらしい。それでも半年後には、収益を上げることができるようになったと。

パソコンやweb、ビジネスに関する知識の量は千差万別で、何が平均かや、何が常識かは、まったく予想と異なっていた。人口のピラミッドの中で、トップ5%に入っていたとしても、その5%は数百万人いる。そして、その下には数億人がいる。自分がどの集団の中にいるかで、モノの見え方もまったく違ってしまうだろう。

ほとんどのアフィリエイターは月に5千円も稼げていないという。一方で月に百万円以上稼ぐアフィリエイターも大勢いる。両者の比は20:1くらいになる。どちらも大勢いる訳で、一体、自分はどちらに入れるのだろうと思う。

4時過ぎまで、カジノのルーレットを回していた。自動で数万回ルーレットを回す方法がある。それを使って、マーチンゲール手法の実証をしていたのだが、確率2500分の1(0.04%)で起こる事象は数百回単位ではしょっちゅう起こった。破産の確率を40万分の1(0.00025%)まで下げても、数万回程度の試行でやはり起こった。確率とはそういうものだが、運が良ければ、50万回試行しても、破産を免れるかもしれない。ゆえにギャンブルな訳だが。

2009年頃から興味はもっていたが、始めたのは2016年6月。
 
「ブログで月5万円稼ぐ」「ブログを書いて安定収入を得よう」そんな謳い文句に釣られて始めた。

以前はひとつのブログに、カテゴリーを分けて、すべてのことを書き込んでいた。
しかし、その方法だと、PVの総数は増えるが、SEO的にはページ自体が評価されない。

よく知らずに始めているので、あとから知って失敗したと思うことも多い。

例えば、ドメインについて。SEO的にとても重要な要素らしい。
ドメインとブログタイトルが一致しているか、またブログを資産として残したい場合、無料ブログのドメインで運用するのではなく、独自ドメインを取得して運用した方が良いとのこと。

現在(2017年3月)では、そういうことも知り、レンタルサーバーでWordpressを使い、自前のブログを立ち上げたいと考えている。その方が、長期的なアフィリエイト収入を目指すという点では良い。

「~の実践記」「~が 0から始めて~を目指す日記」「超初心者が~するブログ」など、何かを目指す過程そのものをコンテンツにしたブログも多い。その内容が、スポーツ、ビジネス、趣味なら、まだコンテンツとしても見られたものであると思う。しかし、アフィリエイトに関しては、手段と目的の倒錯もいいところで、書いていても、見ていても、気持ちの悪い内容になる。

カジノのアフィリエイトブログで、「SEOでこんな方法があることを知りました」「Wordpressの使い方勉強中です」という記事を書くどうも記事にまとまりがなくなってしまう。理想を言うなら、アフィリエイトのためのブログは、作りながらゴールを考えるのではなく、予め設計した上で制作に取り組むべきだと感じた。

他の仕事と同様、アフィリエイトブログの作成も初めからまともな製品など作れない。仕事として報酬をもらうにはあまりにお粗末な成果物を作ってしまうしかない。実際には、報酬をもらっている訳ではないので、誰に迷惑をかける訳でもないのだが。

アフィリエイトのため、カジノとビットコインのブログを運営している。
(ページ右下のリンク集参照)

アフィリエイトは、2016年の6月頃から始めた。
始めたと言っても、無料ブログを作り、
GoogleAdSense、Amazonのアフィリエイトリンクを設置した程度だ。

以前は趣味のブログとして、ひとつのブログにすべてのことを書いていたが、
記事に統一性を持たせるためブログを分けた。

このブログ「モノローグ」では、
アフィリエイトブログ作成の裏話、管理人のプライベートな独白を書くつもりだ。

管理人こと、私について、簡単な自己紹介をする。

私は、根は明るいが表面的にはモノクロな印象を与える。

言動は、大概にして大雑把だが、執着したことには長大な思考を繰り返す。
人に聞かせるのも酷なので、そういう場合は一人物思いにふけっている。

行動動機は、情緒的であることが多い。
しかし、物事の受け止め方は無情なほど合理的である。

最近のことだが、
2016年12月から、アニヲタになった。

俺ガイルやはがないを見て知ったが、
中高生にとって、一人でいることは、「ぼっち」と呼ばれ、
QOLを計る上で死活問題らしい。

私は小中高とそれなりに友達はいたが、
現在も連絡を取っている相手は一人もいない。

結婚についても、デメリットの方が目につき、それほどの動機を感じない。
今年の1月でアラフォーになったが、
そんな現状でも自分を孤独だと思うこともなければ、
それで何か不便を感じることもない。

つまり、独り身で友達もいない。

自己紹介としては、この程度でいいだろう。


ここからは記事を分けるべきかもしれないが、
自己紹介に関してのモノローグになる。

このブログを書き始めるにあたり、自己ブランディングがまだ定まっていない。そのような言い方をすると、ただのマーケティング的な話題に聞こえるが、一個人としてこのテーマを掘り下げて考えると、心理学・精神分析・哲学の範疇に考察が及ぶ。思えば、二十歳前後、このテーマで病的に苦しんだ時期があった。「アイデンティティの喪失」「アイデンティティ獲得の失敗」そのように呼ばれる心理状態だった。それから20年近く経って、再度、自分のアイデンティティとは何かを問うたとき、やはり当時と同じように明確な答えがない。しかし、言語化できないだけで確かにアイデンティティ を保持していることは感じるし、当時のように答えを出す必要性も感じないため、それがすぐに心理的苦痛となることもない。

この状態は、成長なのか、感覚の麻痺なのか。自分が何者なのかを問い続けることは、人にとって必要なことだろうか。人にとってというよりも、人生を意義あるものにする、人生を豊かにするという意味で、避けるべきではない命題なのだろうか。

結局、ブログテーマ、ブログタイトル、自己紹介、そういったものを考えているうちに、思考が脱線して、無駄なことまで考えてしまった。自己ブランディングはビジネス上の制約や目的があるため、アイデンティティに比べれば、定めやすい。アイデンティティも、人生に目的や必然的な意味があれば、きっと定めるのが簡単なのだろう。しかし、そもそも人間には、宗教的、哲学的価値感を無視してしまえば、生まれたから生きているだけであって、生まれて来た理由や生きていくことに必然性がない。だから、アイデンティティについても、いくら内省したところで自己の存在だけを根幹に据えては定義できない。社会の中で合目的に形成していくしかないものだ。そのことを前提とすれば、未だ自分が自己ブランディングやアイデンティティをうまく定義できないのは、社会との接点が少ないからなのかもしれない。

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